志賀直哉の生原稿に感銘を受ける井伏鱒二に痺れる。【『井伏鱒二対談集』を読みながら②』】

こちら(→どんな病気で死にたいか、ふと考えてみる。【『井伏鱒二対談集』を読みながら】)から引き続き、『井伏鱒二対談集』を読み進めている。

神保光太郎氏(不勉強で私はこの方を知らなかったが、詩人でドイツ文学者とのこと)との対談では、徴用されてともにシンガポールで過ごした日々を懐古している。『黒い雨』を書いたときの制作エピソードも語っている。どんな気持ちで書いていたかを話している。とてもよい。私自身は『黒い雨』にまだ手が出せずにいる。いつか読みたいと思っている。

作家の永井龍男との対談もある。志賀直哉が亡くなった頃の対談だったようで、2人で志賀直哉との思い出について話している(志賀のほうが大先輩、巨匠的な立場。井伏より15歳年上)。井伏鱒二は、志賀直哉の随筆の生原稿を2つ持っていたらしい。志賀の生原稿についてこんなことを言っている。

井伏 原稿に消しがあるね。清書をしたあと、「しかし」を消して前からの続きで「が」にしたり……(中略)そしたら、僕達一生あれで苦労するのだなあと。「が」とか「しかし」でね。ーー『井伏鱒二対談集』(新潮社)より

いいなぁ。めちゃくちゃいい。こういうこと思うことあるんだよなぁ。それを井伏鱒二も思ってたんだなぁ。痺れるなぁ。

開高健とは釣りの話題を話している。井伏鱒二って話題が豊富でお話が上手な人だよなぁ、と対談集を読みながら思う。こむずかしいことを言う感じもなくて、おもしろくて気のいいおじさんなのかなぁって。
それにしても、開高健は「セックスセックス」ばっかり言ってる(ように私には読める)。井伏鱒二よりも30歳以上年下で、対談当時は井伏70代、開高40代前半。井伏鱒二が話を聞いてあげているような印象。40代ってまだこんな感じなのかな、とアラフォーの自分の身に照らして思う。それとも、年齢なんか関係なく、その人がただそういう人だっていうだけなのかもしれない。

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